COLUMN

スポーツ界における審判のあり方について考えてみた

 

先日の女子全米オープンテニスでのセリーナの主審への抗議は、やり過ぎ感がありましたよね。

 

審判に対する執拗な抗議、言動にも問題があったと思います。

 

普段僕はサッカー観戦をしていて、この判定はどうなの?って思う瞬間は多々あります。

 

もちろん、同じ人間がやることですから、見落としや誤りというのはあって当然のことです。

 

だからこそ審判の技術的な底上げは欠かせない。

 

先日のサッカーワールドカップのVAR(ビデオアシスタントレフリー)のような第3者的判断システムの導入も必要となると思います。

 

いかに公平に適確にジャッジできるかが追求されることになるでしょう。

 

選手側もエキサイトして、ついキツく抗議してしまうところがあるのもある意味仕方がないことだと思うのです。

 

サッカーだとイエローカードのように、選手に警告を言い渡し、酷い場合はレッドカードで退場処分を下すことができます。

 

審判にそれだけの権限がある代わり、公平かつ正確なジャッジが求められるということになります。

 

今回のセリーナのように、審判の人格に関わるような言動というのは、許されるべきものでありません。

 

たとえ、それが明らかにミスジャッジであったとしても。

 

そもそも、ミスジャッジを招くようなプレー内容では勝機はないと思った方がいいのです。

 

また、今回の処分に対して性差別的だと抗議した件も、問題をあらぬ方向にすり替えているとしか思えない。

 

今回のセリーナは、あまりにも常軌を逸していたように思います。

 

明らかに、ジャッジに振り回され、自分自身をコントロール出来ていなかった。

 

トップ選手とは思えないような態度でした。

 

審判は、自分のモヤモヤやイライラをぶつける対象ではないのです。

 

観客としては、そのような選手の態度に幻滅するものです。それがトップ選手ならなおさらです。

 

今回の1件で、審判団がセリーナの試合をボイコットしようとしていますが、そうなるのはある意味自然で、誰が好んでそんな試合を引き受けるのでしょうか。

 

審判がいなければ、試合は成立しないことを選手側は再度認識するべきです。

 

一方で、審判側の不正や権力者との癒着など問題を孕んでいるケースがあることも事実で、
第3者的に審判を評価するシステムが必要とされています。

 

プロスポーツというのは、ファンや観客がいてこそ成り立つものです。

 

観ている側も納得するようなプレーやジャッジ、共に楽しめるような試合が作られることを切に願います。

 

そのためには、クラブチームであり、競技連盟などがまずきちんと姿勢を示すことが求められるのではないかと思います。

 

リーガエスパニョーラではVAR(ビデオアシスタントレフリー)は、すでに導入済みです。

 

そうした公平を期すシステムをいち早く取り入れることは、ひいてはファンを増やすことに繋がるのではないかと思います。

 

 

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Toshiya(時遊人)

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