COLUMN

「教育虐待」しない・させないための掟【自分の人生を生きる】

 

教育虐待なんて言葉があるんだね。世知辛い世の中だね。。
ほんとだね。何だか悲しいね。

 

教育虐待なんて言葉が出てきましたね。

恐ろしいですねほんと。

僕らが若い時は、まさしく受験戦争で塾通いなんてのも当たり前。

中学受験、高校受験、大学受験なんて当たり前でした。

と言っても、親からガミガミ言われた記憶はないですけど、そうしないといけない雰囲気はありましたよね。

僕はとことんレールから外れた人生を歩んできたので、偉そうなことは言えませんが。

教育虐待なんて言われて、行き過ぎた親の言動が問題になっているようです。

 

他人の問題に踏み込まない

 

僕はもともと、大学を出てからはソーシャルワーカーの専門職として働いていました。

いろんな問題を抱えたクライアントと向き合うときに、必ずすることがあります。

それは、何が問題で誰にとっての問題なのかを明確にする作業です。

そして、そのクライアントが抱える問題をクライアント自身が自覚できるように促していく作業です。

そうなんです。

僕たちソーシャルワーカーはその問題を解決することはできないのです。

問題はその本人が自分で解決するべきものです。

僕たちは、それを側で応援するだけです。

子供と言えども、子供自身が立ち向かっていくべき問題に、親は土足で踏み込むべきではないのです。

 

放任と見守りは紙一重

 

放任するのではありません。

放任というのは、何もせずに放ったらかしにすることです。

そうではなく、いつでも支援できるように見守るのです。

いつでもお前のこと応援している、必要であればどんな支援もする、そういう姿勢でいればいいのです。

子供たちが今向き合う問題を、自分自身で解決していけるように、そして自分の意思で行動に移せるように。

それが本当の愛情ではないのかと思います。

親が何でもかんでも手出ししてしまうと、子供たちは親の顔色を見ながら、親に認められようと行動するようになってしまいます。

過剰に他人の承認を得ようとする人間になってしまいます。

 

 

自分の人生を生きる

 

親も子供も、もっと自分の人生を懸命に生きるべきです。

お互いが、いつでも手を差し伸べられる距離で。

親は親、子供は子供。

それぞれ別の人格を持った人間です。

いくら親であっても、子供の問題に踏み込むべきではないです。

土足で人の問題に踏み込むような人を、お節介で自己中心的と言います。

まずは自分の人生を主体的に生きること。

そして、そういうありのままの自分を受け容れることです。

そうすることで、初めて他人を思いやることができる。

そうやって人は他人との関係を築いていくんじゃないでしょうか。

親はそういうことを、子供に見せるべきではないかと思うのです。

 

まとめ

 

上記をまとめると以下の通りです。

 

・他人の問題に踏み込まない。

・放任せずに愛情を持って見守る。

・自分の人生を生きる。

 

親は自分の人生を生きて、子供は自分の人生を自分で切り開いていく。

そうやってそれぞれが自立していくことが重要じゃないかと。

僕自身、子供がいるわけじゃないし、あまり偉そうなことも言えないですが、

でも本当の愛情って、子供が自分の人生を一人で生きていけるような力を付けてやることだと思うのです。

甘やかして、手出し口出しすることではない。

受験戦争に勝ち抜くことでもない。

親の価値観、エゴで、子供達の人生を潰すべきではないと思うのです。

 

今日はこんなところです。

ではまた。

 

 

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Toshiya(時遊人)

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